津田楼

村田理如の美学

祇園、京の文化を伝える
使命と熱意。

幕末から続くお茶屋だった津田楼ですが、近年は後継者がおらず、歴史あるこの建物も存続が危ぶまれていました。町家が空いて他の業種になる時代の流れとはいえ、長年の隆盛を誇ったこの名店を閉めたままにするのは忍びないと、かねてから祇園に通っていた村田理如に相談が持ちかけられたのは2009年のことでした。

津田楼は典型的な大正期のお茶屋の造りを残しており、芸妓・舞妓の舞を楽しむための広い踊り場や意匠を凝らした欄間、大切なお客さまをおもてなしするための様々な部屋があります。また、貴重な建材をふんだんに使っていることからも、津田楼には上客が多かったということが覗い知れ、当時の祇園を体感することができます。幕末、明治の名品をコレクションする清水三年坂美術館の館長も勤めている村田にとってはその価値は何ものにも代え難く、京のおもてなし文化を教えてくれる祇園という街、そこに息づく歴史を、ここで実際に体験してもらい、言葉では表せないものを人々に広く知ってもらいた

いという思いをもって、2010年にオーナーとして新しい津田楼の歴史の幕を開けることとなりました。

五感で味わう体験こそが
文化を理解するということ。

季節ごとの軸やしつらえ、ディナーなどでお客さまにお出しする器は村田のコレクションしてきたものばかり。心に響く美しい器でお食事をお召し上がりいただくこと、三味線の生演奏、芸妓・舞妓さんとのお座敷遊び、手入れの行き届いた坪庭を眺めていただくひととき、すべてが津田楼がお茶屋として華やかだったころも、こうしてお客さまに楽しんでいただいていたに違いないという心遣いを様々に再現しています。
ここで見て、聞いて、触れて味わっていただくことは、いつまでも心に残る、きっとなにものにも代えがたい豊かな時間の体験であり、それこそがほんまもんの祇園のおもてなしであると信じて。